高次脳機能障害の症状と発生メカニズム

hanya.jpg高次脳機能障害(こうじのうきのうしょうがい)とはどんな後遺障害ですか?

 

 

02dog.jpg高次脳機能とは,知識に基づいて行動を計画し実行する精神活動をいう。この機能に異常が生じるのが高次脳機能障害で,大きく分けて認知障害人格変化の2つの症状がある。

認知障害としては,記憶・記銘力障害,集中力障害,遂行機能障害,判断力低下,病識欠落などがあり,人格変化としては,感情易変,不機嫌,攻撃性,暴言・暴力,幼稚,羞恥心低下,多弁,自発性・活動性低下,病的嫉妬・ねたみ,被害妄想などがある。

高次脳機能障害の患者には,生活を管理できない,対人関係を維持できない,社会参加ができない,障害を自覚できないなどの問題が生じる。

 

hanya.jpg認知障害や人格変化の症状があれば,それが高次脳機能障害ということになるのですか?

 

 

01dog.jpgそうとは限らない。脳の障害には,脳が器質的に(物理的に)損傷しているか否かで分類される。前者を「器質性の障害」,後者を「非器質性の障害」というが,交通事故で高次脳機能障害を論じる場合は,一般的には交通事故で脳外傷を負い脳が器質的に損傷した「器質性の障害」としての高次脳機能障害を指す

外傷による脳の器質的損傷が認められないのに高次脳機能障害のような症状が出ている場合は,交通事故の後遺障害認定上は非器質性精神障害という一応別の後遺障害として扱われるんだ。 等級も異なってくる。

 

aryarya.jpgややこしいですね。では,器質性の障害である高次脳機能障害は,具体的にはどんな脳外傷があった場合に発生するのですか?

 

03dog.jpg第1類型として,物が頭部に直接当たり,その部位に脳挫傷,頭蓋内血腫などが生じる局在性脳損傷がある。頭部を地面に打ち付けた場合などに,その部分で発生する脳損傷だ。

第2類型として,頭部への回転加速度によって,脳内の軸索(神経細胞の線維)が広範囲に断裂・剪断されるびまん性軸索損傷がある。事故の衝撃で頭部に大きな加速度がかかり脳が頭蓋内で揺さぶられたことによって,その揺さぶられた広範囲に渡って発生する脳損傷だ。
なお,びまん性軸索損傷には,外傷時に発生する場合のほか(一次性びまん性脳損傷),事故後しばらくして頭蓋内血腫や脳膨張が増悪して発生する場合もある(二次性びまん性脳損傷)。

 

hanya.jpg局在性脳損傷とびまん性軸索損傷,どちらも高次脳機能障害としては同じような症状が発生するのですか?

 

02dog.jpgどちらでも高次脳機能障害が残存し得るが,特に近時は後者のびまん性軸索損傷による高次脳機能障害が着目されるようになってきたんだ。

局在性脳損傷は,損傷部位に対応した特定の症状の出現が予測しやすいため(例えば言語野が損傷した場合は失語症),昔から後遺障害が発生することが知られていた。

一方,びまん性軸索損傷の場合は,損傷が広範囲に渡り具体的な損傷部位が特定し難く,最初に述べたような認知障害・人格変化に関する多様な症状が出現するので,比較的最近になって知られるようになった受傷機転だ。

交通事故の分野でも,近時になってようやくびまん性軸索損傷による高次脳機能障害を認定するための要件が整ってきたところで,交通事故で高次脳機能障害が争点になるときは,ほとんどがびまん性軸索損傷による高次脳機能障害だと考えても差し支えないだろう。

高次脳機能障害の認定要件その1 〜意識障害〜

hanya.jpg自賠責保険では,高次脳機能障害はどのように認定されるのですか?

 

 

02dog.jpg交通事故での脳外傷による高次脳機能障害が疑われる症例については,自賠責保険損害保険料率算出機構内に設けられた高次脳機能障害審査会に送られ,専門医らが厳密な認定基準に従って審査を行う。
単に高次脳機能障害という病名がついた診断書があるだけ,あるいは事故後に認知障害・人格変化が発生したとの本人又は家族の申告があるだけで,高次脳機能障害が認定されるわけではない。

 

mutt.jpg具体的な認定基準を教えて下さい。

 

 

01dog.jpgまず,事故直後の意識障害の有無と程度が重要視される。脳外傷による高次脳機能障害は,意識消失を伴うような頭部外傷後に起こりやすいからだ。 目安としては,脳外傷直後から「昏睡〜半昏睡で,刺激により開眼しない程度の意識障害(JCSが3桁,GCSが8点以下」)が6時間以上継続するケースで永続的な高次脳機能障害が残ることが多いとされている。また,「健忘症〜軽症意識障害(JCSが2桁,GCSが13点〜14点)」が1週間続いても高次脳機能障害を残すことがあるとされる。JCSやGCSというのは意識レベルを判定する基準のことで,救急搬送された病院のカルテや診断書には通常記録されている。
自賠責の認定手続の際には,「頭部外傷後の意識障害についての所見」という所定の書類を初診時の病院に作成してもらうことが必須で,これが意識障害の有無や程度についての重要な認定資料となる。

 

mutt.jpgその基準に当てはまるような意識障害がなかった場合,脳外傷による高次脳機能障害とは認められないのですか?

 

03dog.jpg先に述べた意識障害の程度はあくまで自賠責保険が示している目安で,これより軽度・短時間の意識障害しかない場合に直ちに脳外傷による高次脳機能障害が否定されるわけではない。後で説明する他の認定要素を満たしていれば,先の目安より多少軽度・短時間の意識障害しかなくても,自賠責が高次脳機能障害を認定する例は多い。
ただし,まったく意識障害がない場合やごくごく軽度・短時間の意識障害しか認められない場合には,自賠責の認定が相当に厳しくなることは確かだ。

 

aryarya.jpg意識障害がないことを理由に自賠責で高次脳機能障害が認定されなかった場合,訴訟での認定も厳しいのですか?

 

02dog.jpg意識障害がないにも関わらず高次脳機能障害が認定された判例がないわけではない。ただ,意識障害がないという1点の理由だけで自賠責の認定が出なかったというケースは少なく,意識障害がない場合はその他の認定要件(画像など)も欠いていることが多い。このような場合,訴訟での認定のハードルも非常に高いと言わざるを得ない。
脳外傷による高次脳機能障害の発生機転からしても(→「症状と発生メカニズム」),永続する高次脳機能障害を残すほどのびまん性軸索損傷が全く意識障害を伴わずに発生することがありうるのか,という見解には相当の説得力があると言えるだろう。

高次脳機能障害の認定要件その2 〜画像所見〜

02dog.jpg自賠責の高次脳機能障害の認定で,意識障害と同様に重要なのが画像所見だ。頭部のCTやMRI画像が精査される。 

 

hanya.jpg頭部画像は事故後に何度か撮影されました。どれか一つにでも高次脳機能障害の証があればいいのですか? 

 

01dog.jpgかなり専門的な話になるが,大きく分けると,
1.急性期の画像所見脳挫傷痕・点状出血痕等があるか
2.経時的な画像所見脳室拡大・脳萎縮があるか
の2点について精査がなされる。

 

hanya.jpg1はどのようなものですか?

 


03dog.jpg交通事故の外傷によって脳損傷が発生した直接的な痕跡が急性期(事故直後)の画像上で認められるかどうか,という所見だ。局在性脳損傷を示すものとして,脳挫傷痕頭蓋内血腫がある。びまん性軸索損傷を示すものとして,軸索剪断による脳内(皮質下白質,脳梁,基底核部,脳幹など)の点状出血痕脳室内出血痕,クモ膜下出血痕などがある。

 

hanya.jpg2はどのようなものですか?

 


02dog.jpg局在性脳損傷やびまん性軸索損傷などの脳損傷が発生した場合,事故後3か月程度の間に脳室拡大脳溝拡大,脳萎縮が進行する。全般的な脳室拡大・脳萎縮はびまん性軸索損傷により発生し,局在的な脳萎縮は当該部位の局在性脳損傷により発生するのが通常だが,事故直後から定期的に撮影した複数の画像を比較して,こうした脳の変化が認められるかどうか,という所見だ。

 

aryarya.jpg1と2,両方の画像所見が認められなければ高次脳機能障害は認定されないのですか?

 

 

01dog.jpg必ずしもそうではない。特にびまん性軸索損傷の場合,1の痕跡はCTやMRIで拾い切れない場合もあるし,2の脳容量変化が認められないかごく微小な場合もある。どちらも欠いていたら認定は厳しくなることは確かだが,意識障害の有無・程度など他の認定要件との総合判断によっては,一方の画像所見がなくとも認定される場合はある。

 

mutt.jpgCTやMRIのほかに,病院でPETSPECTも撮影したのですが,これらは関係ないのですか?

 

 

03dog.jpgCTやMRI画像は,脳の器質的損傷を直接に裏付けるものだ。一方,脳機能の低下(脳血流・エネルギー代謝低下)を客観的に把握する技術として,PET(陽電子放射断層撮影)SPECT(単一ガンマ線放射断層撮影)等がある。
自賠責の認定は,脳の器質的な損傷の有無を重要視しているので,器質的損傷と直ちに結びつくか現時点では医学的に一致を見ていない(非器質性精神障害でも脳機能低下は起こり得るとの見解がある)PETやSPECTによる異常所見は,CTやMRIによる画像所見が欠ける場合の補助的な参考所見として位置付けられるに留まっている。
現在のところは,意識障害もなくCTやMRIによる異常所見もない場合に,PETやSPECTによる異常所見だけで自賠責が高次脳機能障害を認定することはまずないと言って良いだろう。

高次脳機能障害の認定要件その3 〜診療医による具体的な所見〜

02dog.jpg高次脳機能障害が疑われる場合に自賠責の認定を受けるには,その他の後遺障害事案の場合と同様の「後遺障害診断書」のほか,「頭部外傷後の意識障害についての所見」と「神経系統の障害に関する医学的意見」という2つの書類を医師に作成してもらう必要がある。

 

hanya.jpg頭部外傷後の意識障害についての所見」は,高次脳機能障害の認定要件その1 〜意識障害〜で教えてもらったとおり,初診時の病院で作成してもらうのですね。「後遺障害診断書」と「神経系統の障害に関する医学的意見」はその後の継続治療を行った主治医に作成してもらうのですか?

 

01dog.jpg基本的にはそのとおりだ。「頭部外傷後の意識障害についての所見」は,救急搬送されるのは救急救命科や整形外科などが多いので,そこに依頼して書いてもらうことが多い。「後遺障害診断書」や「神経系統の障害に関する医学的意見」は症状固定時に通院している脳神経外科やリハビリテーション科などの医師に書いてもらうことが多いね。この2つは同じ医師に依頼すればよい。

 

aryarya.jpg医師にそれらの書類を作成してもらい,高次脳機能障害との診断名が付いているのに,自賠責で高次脳機能障害が認定されない場合もあるのですか?

 

03dog.jpg医師が実際に患者を診察した上で得られる具体的な所見は重要視されるが,それだけで高次脳機能障害が認定されるものではない。自賠責ではその他の認定要件(意識障害,画像所見等)も踏まえた総合的な認定判断がなされる。なぜなら,意識障害や画像所見がなくとも高次脳機能障害に特徴的な症状が出ていれば「びまん性軸索損傷」や「高次脳機能障害」といった診断名がつくことがあるが,必ずしもそれは「当該交通事故でびまん性軸索損傷が発生し,現在もそれによる外傷性高次脳機能障害が残存している」ことを意味していないからだ。この命題に合致するか否かの検討要素として診療医の診断があるのであって,診療医の診断がこの命題をすべて証明するものではないという関係に注意してほしい。

 

mutt.jpgそうすると,やはり意識障害や画像所見の有無が重要になってくるのですね。当該交通外傷による高次脳機能障害といえるか否かの問題のほか,高次脳機能障害の「程度(等級)」との関係はどうでしょうか?

 

02dog.jpg高次脳機能障害の「程度(等級)」との関係では,「神経系統の障害に関する医学的意見」に記載される運動機能,身の回りの動作能力,認知・情緒・行動障害,これらが与える社会・日常生活への影響などが,非常に重要な所見として参考にされると言えるよ。

高次脳機能障害の認定要件その4 〜近親者による日常生活状況報告〜

02dog.jpg高次脳機能障害で自賠責の認定を受ける際に提出する書類としては,医師の診断書のほかに,近親者等が作成する「日常生活状況報告」がある。これには近親者等から見た事故前後における日常活動の変化や問題行動の有無・頻度,社会生活への影響,就労・就学状況などを記載することになる。

 

aryarya.jpg医師作成の「神経系統の障害に関する医学的意見」にも似たような項目を記載する欄がありますが,やはり近親者作成の書類は第三者の専門家である医師作成の書類より信用性が低いものとして扱われるのですか?

 

01dog.jpg必ずしもそうではない。医師の所見はあくまで診療室の限られた時間での観察を前提としている。しかし,高次脳機能障害者の現実の日常生活においてどのような支障がどの程度生じているのかという点については,最終的に本人あるいは同居者による日常生活状況の報告に頼らなければならないので,「日常生活状況報告」も同様に重視される。もちろん,障害の内容・程度が医師作成の「神経系統の障害に関する医学的意見」とあまりに食い違いすぎれば,「日常生活状況報告」のほうが過剰に障害を申告しているのでは,と判断される可能性もあるが。

 

hanya.jpg日常生活状況報告」を作成する上での注意点はありますか?

 

 

03dog.jpg症状が社会生活・日常生活にどのような影響を与えているか,事故前後の生活状況の変化,現在支障が生じていることなど,具体的に記入する欄があるので,そこにはなるべく具体的なエピソードを書くことだ。単に「忘れっぽい」ではなく,「やかんに火をかけたまま外出してしまう」といったように。

 

hanya.jpg被害者が子供の場合,学校での様子は先生などからの又聞きになってしまいますが,それも「日常生活状況報告」に書くのですか?

  

02dog.jpg日常生活状況報告」にも書いてよいが,就学児の場合は,担任教師に作成してもらう「学校生活の状況報告」の提出を自賠責から別途求められる場合もある。ただ,教師はこの手の書類の作成を嫌がることが多い。「公務員だから上司の決裁がいるし,裁判にも巻き込まれたくない。」とか言ってね。また,たとえ協力を取り付けたとしても,書き方に誤解があると正しい認定がなされなくなる可能性もあるので,弁護士にも相談したほうがいいね。

高次脳機能障害の認定要件その5 〜神経心理学的検査〜

hanya.jpg神経心理学的検査とはどのようなものですか?

 

 

02dog.jpg神経心理学検査には,知能検査としてウェクスラー成人知能検査法改訂版(WAIS−R)長谷川式簡易知能検査記憶力検査として三宅式記銘力検査ウェクスラー記憶検査改訂版(WMS−R)など,多数の種類がある。

 

mutt.jpg病院でそれらの神経心理学的検査を受けて,知能や記憶力が低下していると判定されれば,自賠責で高次脳機能障害の認定を受けられるのですか?

 

01dog.jpg直ちにそのような判断とはならない。そもそも神経心理学的検査で判明した知能・記憶力等の低下は事故との因果関係を裏付けるものではないからだ。また,高次脳機能障害の「程度(等級)」の判断との関係でも,数値として結果が出るために有効な判断要素ではあるが,その数値だけをもって高次脳機能障害の程度を評価すべきものではなく,診療医による具体的な所見や家族・介護者による日常生活状況報告の補完的要素として機能するものであることに注意が必要だ。

 

hanya.jpg逆に,高次脳機能障害であれば必ず神経心理学的検査で悪い結果が出ることになるのですか?

 

 

03dog.jpgそうとは限らない。知能検査や記憶力検査はあくまで認知障害(知能低下や記憶力低下)の有無・程度を評価し得るに過ぎず,高次脳機能障害のもう1つの側面である人格変化については全く評価することができない。しかし,高次脳機能障害は多様な症状が特徴なので,患者によっては知能や記憶に大きな異常がなくても,人格は事故前と全く変わってしまい,正常な社会生活が営めなくなっている人もいる。

 

mumutt.jpgそういう人は神経心理学的検査結果だけなら正常である可能性がありますね。

 

 

02dog.jpgそうだ。神経心理学的検査結果が正常であるから高次脳機能障害ではない,という命題は誤りであり,そのことは自賠責の認定基準でも考慮されているよ。

高次脳機能障害の認定要件その6 〜因果関係の判定〜

hanya.jpg一定の高次脳機能障害的症状が認められても,事故との因果関係が否定される場合としては,どんな例がありますか?

 

02dog.jpg頭部外傷を契機として具体的な症状が発現し,次第に軽減しながらその症状が残存したケースにおいて,びまん性軸索損傷とその特徴的な所見が認められる場合が,脳外傷による高次脳機能障害と事故との間の因果関係が認められる典型的な例だ。
一方,頭部外傷がなく,あるいは頭部外傷があっても,それが脳への損傷を示唆するものではなく,その後通常の生活に戻り,外傷から数か月以上を経て次第に高次脳機能障害を思わせる症状が発生し次第に増悪するなどしたケースにおいて,外傷による慢性硬膜下血腫や脳室拡大の進展も認められなかった場合には,外傷とは無関係に内因性の痴呆症が発症した可能性,あるいはその他の非器質性精神障害が疑われることになる。

 

mutt.jpg実際は最初から高次脳機能障害を思わせる症状があっても,当初は医師や近親者に認識されなかった結果,その症状が記録されず,結果として後から突然出現した症状のように認定されてしまうことはないのですか?

 

01dog.jpg高次脳機能障害は「見過ごされやすい後遺障害」なので,あり得ないことではない。家族からすると,事故直後の急性期から徐々に回復していく過程に目が行きがちであり,認知障害や人格変化の発現があったとしても,あくまで一時的なこととして気にも留められないこともある。

 

aryarya.jpg医師が見過ごすこともあるのですか?

 

 

03dog.jpg最近は外傷性高次脳機能障害に対する理解は医療現場に浸透しつつあるが,それでも特に急性期の治療を担当する医師にとっては急性期を脱するための身体的な治療がメインであり,病室内などの限られた空間での生活では患者に大きな支障がないように見え,神経心理学的検査すら実施されないこともある。そうした不運な事態を一因として自賠責の認定が得られなかった場合には,ハードルは高いが訴訟での認定を目指すしかないだろう。

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